マイクロ波分解と、すばやく安全に高温まで加熱する能力は、開放容器手法と比較して実行時間を大幅に短縮できます。これは、温度が高いほど分解時間が短いという相関があるためです。マイクロ波分解には、さまざまなシステムを使用することができます。各システムは、使用する技術やチャンバーのセットアップに違いがあり、サンプルのスループットもさまざまです。
マイクロ波分解
マイクロ波分解は、元素分析のための特殊かつ効果的なサンプル前処理法です。微量元素の分析が必要なサンプルは、分析装置で扱うために必ず液状にする必要があります。このように、サンプルと分析を結びつけることをサンプル前処理といいます。
マイクロ波によるサンプル前処理を支える基本的な手法として、酸分解があります。酸分解とは、酸を使ってサンプルを破壊または溶解し、(微量)金属のみを溶液として残す手法です。微量の有害金属を測定する分析には粒子のない透明な溶液が必要となるため、サンプルを分析可能な液体にすることが不可欠となります。
マイクロ波分解は高い要件を満たす必要があります。分析データを犠牲にしないために、信頼性の高い手法でなければなりません。[1] マイクロ波による効果的な加熱、確実な反応制御、高温・高圧耐性により、食品、土壌、医薬品などの分析が可能であり、その後の元素分析の成功を支えています。
マイクロ波分解に関する一般的な検討事項
元素分析の成功につながる分解の重要性
ここ数十年、マイクロ波分解や元素分析の需要が急速に高まっています。規制や規格の急激な増加、人口の増加、商品のグローバルな流通は、さまざまな商品の安全性、品質、真正性の証明に大きな課題を提起しています。これらはすべて、分析技術で調べることができます。しかし、分析装置には高分解能、高速での分析、堅牢性、小型化、携帯性などの特徴がありますが、これらの装置で実際に分析を行うには、マイクロ波分解などの大掛かりなサンプル前処理が必要です。サンプル採取、サンプル前処理、サンプル導入(注入)などで生じたエラーは、どんなに優れた分析システムでも修正できないため、正確な結果を得るには適切なサンプル前処理が必要になります。
近年、多くの進歩が見られるものの、サンプル前処理はサンプル採取から最終結果までにかかる時間全体の60%以上を占め、多くの場合、分析ワークフローのボトルネックとされています(図1参照)。
酸分解とは何か?
酸分解は、マイクロ波による湿式化学的なサンプル前処理法の中で最も一般的に使用されている手法です。濃縮酸またはその混合物を使用することにより、有機や無機サンプルのマトリックスを完全に破壊または溶解し、サンプル全体を溶液にすることができます。溶液となった後は、元素や種類の濃度を適切な分析手法で検出・測定することができます。分析手法には、AAS(原子吸光分光法)、MIP-OES(マイクロ波誘起プラズマ発光分光法)、ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光法)、ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)などがあります。[2]
以下に、酸分解によく使われる酸とその代表的な濃度の一覧を示します。[3]
- 硝酸、HNO3(65%)
- 塩酸、HCl(30~37%)
- 塩酸、HCl(40~48%)
- 硫酸、H2SO4(95~98%)
- 過塩素酸、HClO4(70~72%)
- リン酸、H3PO4(85%)
- 過酸化水素水、H2O2(30%)
- 王水、HCl + HNO3(体積比3:1)
- 逆王水、HCl + HNO3(体積比1:3)
- ホウ酸、H3BO3(約5%)
酸浸出とは何か?
酸浸出は、酸分解と同様に、マイクロ波によるサンプル前処理でよく使われる手法です。酸分解に少し似ていますが、サンプルのマトリックス全体を完全に破壊したり溶解したりするわけではありません。元素の(生物学的)利用可能性の決定は環境研究の重要な問題であるため、ここでは酸浸出がよく採用されます。サンプルマトリックスから種を浸出させる代表的な酸はHClとHNO3であり、好ましくは(希釈)混合物(3:1の王水または1:3の逆王水)です。
なぜサンプル前処理にマイクロ波分解を行うのか?
マイクロ波とは300MHz(0.3GHz)~300GHzの電磁波をいい、家庭用電子レンジや実験装置の代表的な周波数は2.450MHzです(図2参照)。[4]
マイクロ波は、特にサンプル前処理に適しています。以下にその理由を説明します。
高速加熱
マイクロ波では、電磁エネルギーを効率的に熱エネルギーに変換するため、加熱速度が非常に速くなります。この加熱速度は、従来の加熱方法では再現できないものです。従来の加熱では、外部から入ってきた熱が、対流によって反応混合物に入ります(その結果、容器の壁が非常に熱くなる)。一方、マイクロ波は、(ほぼ完全に)マイクロ波透過性の容器の壁を通過し、分子との直接的な相互作用により、反応混合物を分子単位で加熱します(図3)。
瞬時のオンオフ
マイクロ波が瞬時にオンオフできるのに対し、従来の加熱はできません。従来式の場合、加熱源の電源を切った後も、容器は加熱され続けます。マイクロ波は瞬時にオンオフできるため、必要なときに電源を入れ、必要なときに(温度のオーバーシュートや昇温速度が速すぎる場合など)すぐに加熱を停止することができます。
ヒーターコアへの接触が不要
マイクロ波加熱はその仕組み上(図2参照)、ヒーターコアに直接触れる必要はありません。そのため、同一のマイクロ波システムで、大きさ、形状、数の異なる容器を加熱することができます。また、マイクロ波分解では並行処理が主流のため、複数のサンプルやブランクを同様の条件で同時に処理することが可能です。
高温・高圧に対応
最新のマイクロ波サンプル前処理システムは、安全で耐腐食性の高い設計により、最高温度300°C、最高圧力200barまで対応可能です。これにより、室温や酸混合物を沸点で加熱しただけでは不可能だった分解を成功させることができます。
マイクロ波分解で重要なパラメーターは何か?
温度
酸分解と酸浸出の最も重要なパラメーターは温度です。高温には2つの重要な機能があります。まず、分解反応を加速します。次に、使用した酸混合物の酸化電位が上昇することにより、分解品質が向上します。
時間
アレニウスの式によれば[5]、温度の上昇は反応時間の短縮につながります(図4)。マイクロ波が分解時間を短縮できる理由には、加熱効果が非常に速いこと、瞬時にオンオフできること、ワークフローが最適化されていることなど、複数の理由があります。
分解品質
温度が高いと酸の酸化電位も高くなります。温度の上昇は残留炭素量の減少につながるため、分解品質にも好ましい影響を与えます。残留炭素量が少ないと元素分析時の干渉が少なくなるため、残留炭素量は分解性能を特徴付ける優れたパラメーターです。図5は、分解温度に依存する残留炭素量を示したもので、温度が高いほど残留炭素量は少なくなります。
このことは図6にも表れています。ここでは、同じ分解マトリックスと分解時間を用いて、異なる温度で潤滑油を分解させました。260°Cでは完全に分解できましたが(透明な溶液になった)、170°Cでは完全分解には至りませんでした(分解マトリックスの色から多量の残留炭素が確認できる)。
サンプル重量
使用する酸の沸点を超える温度にするには、分解容器を密閉する必要があります。その結果、加熱された酸の蒸気圧が上昇し、圧力が高くなります。蒸気圧に加え、分解反応も容器内の圧力上昇に寄与しています。図7の式によれば、分解するサンプル材料に応じて、分解中には多かれ少なかれガス状生成物が形成されます。

Figure 7: General reaction scheme of an organic sample being digested with nitric acid. Total pressure in the sealed vessel = vapor pressure of the acid + reaction pressure from the sample
反応圧力は分解材料の量と相関があるため、サンプル重量はマイクロ波分解の重要な因子となります。サンプル重量が大きいと、完全密閉式容器では達成可能な温度が制限されます。ショートビデオでは、このようなシステムにおける温度とサンプル重量の相関について説明しています。
この温度制限を大きいサンプル重量でも克服するために、一部のマイクロ波分解システムではSmartVent技術が採用されています。この技術では、分解中に反応ガスを安全に放出することができるため、より高い温度レベルを維持し、分解品質を高めることができます。
マイクロ波分解装置
チャンバーとは、マイクロ波装置の中で、マイクロ波分解容器を置き、照射/加熱する部分のことです。ここは、各マイクロ波分解装置の中心部分です。装置の設計によって、さまざまな照射モードがあります。
モノモードのマイクロ波システム
このシステムでは、マイクロ波エネルギーが1個のマグネトロンによって発生し、導波管[6]を通して反応混合物に送られます(図8参照)。その結果、「定常波」が発生します。また、反応容器は少量でも効率よく加熱できるホットスポットにあります。モノモードマイクロ波反応装置は省スペース設計ですが、一度に1つのサンプルしか分解することができません。
マルチモードのマイクロ波システム
マルチモードのマイクロ波システムでは、1個または2個のマグネトロンを使用してマイクロ波照射を行います。照射は導波管を通してチャンバーに送られ、モードスターラーによって分散します(図9参照)。マイクロ波は壁で反射するため、反応混合物とランダムに相互作用します。チャンバー内で反応容器をさらに回転させることで、温度の不均一性やホットスポットの発生を防ぎます。
このモードでは、大容量(>20mL)の反応混合物を加熱し、複数のサンプルを同時に分解することができます(最大64サンプルまで)。
ダイレクトマルチモードチャンバー(DMC)
DMCは、モノモード反応装置とマルチモード反応装置の利点を併せ持っています。モノモードシステムと同様に、マイクロ波をサンプルに向けられるため、省スペースなシステムで効率的な加熱を実現できます。一方で、マルチモードシステムと同様に、一度に最大12個のサンプルを分解することができます(図10参照)。
加圧分解チャンバー(PDC)
このシステムでは、マイクロ波エネルギーは1個のマグネトロンによって発生し、PDC(加圧分解チャンバー、図11)に送られます。チャンバー内には溶液を充填したPTFEライナーが置かれており、反応媒体とともに加熱されます。特定の容器ではなく、溶液を加熱することで、最適な温度分布が得られ、発熱反応を補償することができます。分解温度は、PDC底面の温度センサーにより常時制御されています。(石英、ガラス、フッ素樹脂製の)薄肉分解バイアルを(最大28本)使用でき、最小充填量もなく、シンプルなプラグオンキャップで閉栓できます。バイアルの「封止」は、加熱前にチャンバー内に充填された加圧不活性ガスで行われます。これにより、試薬混合液の沸騰や蒸発を防止できます。
これらのシステムは広い設置面積を必要とします。しかし、柔軟性が高く、異なるサンプルタイプ、サンプル重量、分解容量、マトリックスに対応できるため、マイクロ波分解によく採用されています。
参考文献
- Cammann, K. (2010). Instrumentelle Analytische Chemie. Spektrum Akademischer Verlag, Heidelberg.
- Bulska, E., Matusiewicz, H. (2018). Inorganic Trace Analytics: Trace Element Analysis and Speciation, De Gruyter, Berlin.
- Harris, D. C. (2014). Lehrbuch der Quantitativen Analyse. 8th Edition, Vieweg+Teubner Verlag, Wiesbaden, 796.
- Wikipedia, (2023). https://en.wikipedia.org/wiki/Microwave
- Meyer, H., and E. Riedel. 2018. Allgemeine und Anorganische Chemie. 12th Edition, De Gruyter, Berlin, 180.
- Techopedia, (2023). https://www.techopedia.com/definition/722/waveguide