動的光散乱法 (DLS) は、ナノメートル領域の粒子径解析では最も一般的な測定手法です。この記事では、DLSの理論、基本設定、および粒子径の測定方法について説明しています。また、一般的なDLSの解析結果を示し、測定の設定やデータの検証方法に関する実用的なヒントも紹介しています。
動的光散乱法の原理
動的光散乱法の理論的背景
動的光散乱法 (DLS) は、分散粒子のブラウン運動に基づいています。液体中に分散しているとき、粒子はあらゆる方向にランダムに拡散します。ブラウン運動は、粒子が常に溶媒分子と衝突することに起因します。この衝突により、ある量のエネルギーが伝達され、粒子の拡散運動が誘発されます。伝達エネルギーには多少の大小はあるものの大きな変化はないため、小さな粒子ほど大きな影響を受けます。その結果、小さい粒子は大きい粒子よりも高速で拡散することになります。粒子の拡散運動に影響を与える他のすべてのパラメーターが分かっている場合、粒子の拡散速度を測定することで流体力学的直径を求めることができます。
粒子の拡散速度と粒子径の関係は、Stokes-Einsteinの式 (式1) で与えられます。粒子の拡散速度は、並進拡散係数Dで与えられます。この式には分散媒の粘度と温度が含まれていますが、これは 2 つのパラメーターが粒子の拡散運動に直接影響するためです。Stokes-Einsteinの式の基本要件として、粒子の運動がブラウン運動のみであることが挙げられます。沈降が起きる場合、ランダムな運動でないため、不正確な結果になります。したがって、沈降が起きる粒子径は、DLS測定で評価できる粒子径の上限を意味します。一方、粒子径の下限はS/N比で決まります。小さな粒子は光をあまり散乱しないため、散乱強度が十分に得られません。
$D= \frac{k_BT}{6\pi\eta R_H}$
式 1 : Stokes-Einsteinの式
D 並進拡散係数 [m²/s] – "粒子の拡散速度"
kB Boltzmann定数 [m²kg/Ks²]
T 温度 [K]
h 粘度 [Pa・s]
RH 流体力学的半径 [m]
DLS装置の光学系
DLS装置の光学系を図 1 に示します。単一周波数のレーザーをキュベット内のサンプルに照射します。サンプル中に粒子がある場合、入射したレーザー光はあらゆる方向に散乱します。ある決まった角度で散乱光の経時変化を計測し、この信号を使用してStokes-Einsteinの式により拡散係数と粒子径を求めます。
通常、入射光とキュベット間に置かれたフィルターにより入射光の強度を減衰します。このフィルター強度の設定は、装置側で自動調整できます。あるいは、ユーザー側で手動で設定することも可能です。濁度の高いサンプルを測定する場合、フィルターなしの光量を検出器は処理できません。そのため、レーザー光を減衰させて、十分かつ処理可能な光量にしてから検出します。
最近のDLS装置では、粒子径測定用に複数 (Litesizer™ 500 の場合は 3 つ) の検出角度が利用可能です。サンプルの濁度によっては、側方散乱 (90°) または後方散乱 (175°) が適しています。前方散乱 (15°) は凝集の確認に使用できます。この件に関する詳細は、"適切な検出角度の選択" の節を参照してください。
散乱強度軌跡と自己相関関数
粒子の拡散運動を確認するため、一定時間ごとに散乱光を検出します。散乱光の強度は一定ではなく、経時的に揺らぎます。高速で拡散する小さな粒子は、大きな粒子よりも速く揺らぎます。一方、粒子が大きいと、図 2 (上部) に示すように、散乱強度の最大値と最小値の間の振幅が大きくなります。この散乱強度軌跡を使用し、自己相関関数を計算します (図 2 の下部)。一般的に、自己相関関数は、粒子がサンプル内の同じ場所にどのくらいの期間存在しているかを表します。最初、自己相関関数は線形でほぼ一定の値となります。これは、粒子がその前の瞬間と位置が大きくは変化していないことを示します。その後、自己相関関数が減衰していく様子が見られますが、これは粒子が拡散運動していることを意味します。最初の位置との相関がなくなった時点で、自己相関関数は再び線形の挙動を示します。自己相関関数のこの部分をベースラインと呼びます。自己相関関数の減衰の仕方から、粒子径に依存した拡散運動の情報が得られます。減衰は、粒子が相対的な位置を変化させるのに必要な時間尺度を表します。小さな粒子はすばやく拡散するので、減衰も速くなります。大きな粒子は拡散が遅いので、減衰も遅くなります。
自己相関関数は、散乱光の揺らぎを数学的に記述したものです。自己相関関数を使用して、並進拡散係数を求めます。自己相関関数を計算するには、ある時刻 t における散乱強度を、同じ散乱強度軌跡を遅延時間 τ だけシフトさせた場合の散乱強度と比較します。この抽象的な数学的概念を視覚化したのが図 3 です。この図は、測定中に記録された同じ散乱強度軌跡を、さまざまな遅延時間 τ でシフトしたものです。各遅延時間は、異なる色で示しています。G2 の値は、これら 2 つの散乱強度軌跡の同時刻における 2 つの値の積を足し合わせることで得られ、遅延時間ごとに 1 か所の色の付いた接続点で示されます。これをさまざまな遅延時間で行うことで、目的の自己相関関数が得られます。この計算はリアルタイムで実施され、対数の時間軸上にプロットされます。自己相関関数のフィッティングには、ISO規格により定められたキュムラント法を使用します。キュムラント法により拡散係数が求まります。上述のStokes-Einsteinの式により流体力学的直径 (すなわち平均粒子径) が求まります。
測定結果
上述のように、サンプルの粒子径を直接測定するのではなく、粒子の拡散運動に基づいて測定します。流体力学的直径とは、サンプルの粒子と同じ速度で拡散する滑らかな球形粒子の粒子径を意味します。DLSの測定結果を、別の物理的パラメーターに基づく他手法と比較する場合は、この点に留意する必要があります。
粒子径分布の幅を表すために、多分散指数 (PDI) が用いられます。多分散指数は、キュムラント法で求まります。値が 10 % 未満の場合は、単分散のサンプルであることを示し、測定したすべての粒子がほぼ同じ粒子径であることを意味します。ただし、多分散指数から、粒子径分布の形状や 2 つのピーク比率に関する情報を得ることはできません。こうした情報は、Litesizer™ 100/500 ソフトウェアにおける測定ワークフローの一部である、粒子径分布の図から得られます (図4を参照)。
図 4: DLS測定の典型的な結果概要初期結果 (流体力学的直径、多分散指数) に加え、自己相関関数に関する情報 (ベースライン、切片など) も表示されます。粒子径分布図では、測定サンプル内の複数のピークに関する詳細な情報が表示されます。
DLSの測定結果は散乱強度基準 (時間経過に伴う散乱強度の揺らぎを検出) であるため、DLSソフトウェアで表示される主要な重み付け基準は散乱強度基準です。散乱強度基準の分布は、体積基準および個数基準の分布に再計算することができます。そのためには、レーザーの波長における粒子の屈折率と吸光係数が既知である必要があります。散乱強度基準では、大きな粒子が強調されます (小さな粒子よりも散乱強度が大きいため)。体積基準および個数基準の分布では、ピーク粒子径が小さくなる傾向が見られます。重要なことは、3 種類の粒子径分布はすべて、粒子径の異なる粒子の分布という同じ物理的事実を異なる形で表現しているに過ぎないということです。DLS測定の初期結果 (流体力学的直径、多分散指数) は、ISO 224121で定義された散乱強度基準の粒子径分布に関連しています。したがって、異なる重み付け基準を選択しても、これらの値は変化しません。
DLS測定のデータ品質の検証
測定中、DLSソフトウェアは、散乱強度軌跡と計算される自己相関関数をリアルタイムに表示します。これらの信号から、データの品質に関する多くの情報が得られます。単分散のサンプルを測定した場合、散乱強度軌跡は規則的に揺らぎます。鋭いスパイクが観測された場合は、ダスト粒子の汚染や、凝集体の存在が示唆されます。他には、散乱強度軌跡で定常的な強度の増加や減少が観測されることもあります。散乱強度追跡の定常的な強度の増加または減少は、温度勾配が存在することを示している可能性があります。また、定常的な強度の増加は凝集を示し、定常的な減少は沈降に起因する可能性があります。
自己相関関数からは、S/N比、ダスト粒子や凝集体の存在に関する情報が得られます。単峰性の分散の場合、自己相関関数は滑らかで単一の指数関数的減衰を示します。ベースラインが非線形で隆起が見られる場合は、ダスト粒子や凝集体の存在が示唆されます。S/N比は、短い遅延時間における自己相関関数の値、いわゆる切片値から評価することができます。十分な散乱信号が得られない場合は、切片値が小さくなり、有意な自己相関関数が得られなくなります。これは、非常に小さな粒子を測定した場合や、粒子濃度が低すぎる場合などに起こります。
適切な検出角度の選択
最近のDLS装置では、粒子径測定用に複数の検出角度が利用可能です (通常は 15°, 90°, 175°)。Litesizer™ 500 では、付属の透過率計測機能を用いて角度を自動選択することができます。サンプルに応じて、側方散乱か後方散乱を装置が自動選択します。
175° における測定は、後方散乱です。この角度では、散乱体積 (入射光と検出光が重なり合う体積) は、キュベットの前方壁面近くになります。これは、サンプル内のレーザーの光路長が非常に短いことを意味します。これにより、多重散乱の影響を最小限に抑えることができるため、濃度・濁度が高いサンプルに適した設定となります。多重散乱とは、光が複数回散乱されることを意味し、測定信号に干渉する可能性があります。また、レーザーの光路長をさらに短くするために、焦点位置を調整することもできます (図 5)。
図 5: DLS装置は集光レンズを動かすことで焦点位置を調整できます。焦点位置がキュベットの前方壁面に近い場合、多重散乱を最小限に抑えることができます。この入射光と散乱光の重なりを散乱体積といいます。
90° の側方散乱は、粒子が小さく散乱の弱いサンプルに適した角度です。レーザーによってキュベットの壁面で生じた迷光が検出光学系に入らないように遮断されるため、ノイズの少ないクリアな結果が得られます。そのため、側方散乱による測定では、セル壁面の汚れや傷の影響を受けにくくなります。
15° の前方散乱は、凝集の確認や、小さい粒子から成るサンプルに大きな粒子が含まれている場合に使用します。大きな粒子は、他の方向よりも前方に多くの光を散乱するため、この角度では大きな粒子の影響が強調されます。他の検出角度と結果を比較することで、凝集体が存在しているか確認することができます。
まとめ・結論
動的光散乱法は、ナノメートル領域の粒子径を解析する、十分に確立・標準化された手法で、約 40 年前から使用されています。DLSでは、平均粒子径および粒子径分布に関する情報が得られます。シングルナノメートルから数マイクロメートルまでの幅広い粒子径をカバーしています。少量のサンプルしか必要とせず、測定後にサンプルを再利用することができます。通常、DLS装置ではゼータ電位や分子量測定用として電気泳動光散乱法 (ELS) および静的光散乱法 (SLS) も併せて実施可能であり、広範な粒子解析ツールとして申し分のない機能を有しています。
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参考文献
1. ISO 22412:2017. Particle Size Analysis – Dynamic Light Scattering (DLS). International Organization for Standardization.